最近嬉しいことがありました。
それは車乗車時の腰痛の改善です。頚椎症や腰ヘルニアを患う人たちにとって、運転は恐怖です。あなたも車の運転中に感じた痛みに気を落としてしまったといった経験があるかもしれません。でも悲観することは無いと思います。
日本人の腰痛患者の内、およそ85%の人が原因不明ですが、私はその原因は心因性のものなのではないかと最近仮説を立てています。
運転中の腰の痛みが楽になった
先日往復160kmぐらいのドライブをしてきました。
ここ3年ぐらいの間、ずっと運転中は腰クッション+首クッションが必須でした。なぜなら背中痛と腰痛、首痛が酷かったから。
最近段々楽になってきた気がしていたので、試しに今回のドライブでは一切クッションを持っていかずに車のシートに座り運転してみました。結果はなんとか耐えられました。
相変わらず背中の違和感、鈍痛は消えなかったけど、腰痛と首痛に関してはもう平気なレベルといっても大丈夫なぐらいです。
この腰の改善に結びつくことはといえば・・・やはり夏樹先生の小説を読んだことが大きかったからかもしれません。
この本は作家の夏樹静子さんが自身の腰痛を通して学んだこと、完治させるまでの壮絶な体験記を綴ったものです。
仕事人間で神経質、そして完璧主義者である夏樹氏は、最初、自分の腰痛の原因が心因性のものだとは決して認めませんでした。
活動的だった夏樹氏は腰痛を治すために整形外科やペイン、整体、カイロ、鍼灸などのあらゆる西洋医学、東洋医学を放浪し、それこそ霊感や風水などのオカルト分野まで手を出し、積極的に治療に励んだものの治らなかったのですが、それがある心療内科の先生に出会い治療を受けることで、腰痛を見事克服するというお話です。
私はこの本を読むまでは自分の首痛腰痛背中痛がまさか心が関与しているなんて思わなかった。本当に1ミリも思わなかったです。
これらの疼痛の原因は全て仕事で体を酷使したことによるものであり、時間をかけて体を休ませれば治るものだと思っていました。でも3年弱経った今でも痛みは完全に取れませんでいた。
自分は鬱だったと認めてあげることが大切?
ところが最近自分のカラダの痛みの原因が実は心にあるのではないか?もしかして自分はうつ病だったのではないか?と考えるようになってからカラダの痛みが楽になってきた気がするのです。
夏樹氏も、小説家であることのプレッシャーから逃れるために、あえて脳が回避策を取った結果、腰痛に繋がったのだけど、決して本人がそれを認めようとしなかった。私は仕事が好き。仕事が生きがい。仕事からの重圧から逃れようなんて考えたこともない。と言い切っていました。
しかし心の奥底では、締め切りや有名人としての編集部、ファンその他大勢からの期待を一人で受け止め続けた結果、悲鳴を上げていて、ようやくそれに気づくことができたたのだと書かれていました。
私自身も仕事仕事で体を壊しました。確かに初期の頃の痛みは本当にカラダの機能的疾患によるものだったと思います。安静が絶対でした。でもその数カ月後から始まった疼痛に関しては違うと思っています。
疼痛の原因がカラダの機能的部分だとするととっくに治っても良いものです。でも自分の心が、なにか治ったら不都合なことがあるということで、意図的に痛みを感じ続けるようなカラダにしてしまったと考えることが自然です。
そのためには、まず自分の心が心底傷ついていて、もう限界だったと認めてあげること。容器で明るく、ハキハキしていてバリバリに仕事をやっていた人にとって、これほど屈辱的なことはありません。なぜなら自分は本当は弱くて暗くて小さくて小心者だったと認めないといけなからです。
でもここを認めてあげないと、カラダはずっと拒絶します。痛みを感じつづます。そうなるよう脳が司令を出し続けるのです。私はこのからくりに気づけたとき、ちょっと心が楽になりました。そうするとふしぎなもので、腰痛がちょっとずつ楽になってきたのです。
私が夏樹氏の本の中でずっと心に残っている印象的なフレーズがあります。それがこの文です。
敗けた者が、敗けたことを大らかに受け入れ、負け惜しみなどではなく、朗らかにその宿命(さだめ)に遊べば、そのとき歌が生まれるのだ
とても救われた気がしました。私が仕事で負った心の傷、敗けたことを認めること。そして、それは宿命なのであって、今、自分が置かれた状況、環境を認め、前向きに生きていくこと。そうすることが「ありのまま」であって、疼痛を完治させる秘訣なのだと。
とてもおすすめの本なので、もし今あなたがずっと治らない疼痛に苦しんでいるのなら、ぜひ読んでみて下さい。違う景色が見えてきますよ。